株式投資が社会貢献にもつながる理由

ガツガツしない株式投資の考え方として、「株は企業を応援するもの」と言われることがある。
中長期スタンスの個人投資家の方はこの考えに賛同される方もいらっしゃるだろう。

しかし、それでは投資家の自己犠牲によって上場企業が成り立っているようなものであり、Win-Winではない仕組みはいつか崩壊する。

株は、投資家、上場企業の双方が利己的に利益を追求するものである。

それでいながら、双方のひいては社会全体の貢献に資する仕組みであるからこそ継続性があるのだ。

そのことについて、説明させていただこうと思う。

株はあくまで利益を追及するもの

投資家からみても、発行企業からみても株はあくまで利益を追求するものである。
それぞれが自身の利益の最大化を追及することが結果として社会全体での利益につながるからこそ価値があるのである。

間違っても好きな企業への寄付であってはならないし、そんなものは死ぬほど経済的余裕がある人ばかりでないと成り立たない持続不可能な仕組みである。

投資家は株価変動で利益が出せると思えるからこそ、投資に動く。
企業の成長が期待できる局面であれば、買いが増加して適正価値まで株価が上昇していくからこそ、企業はその後に増資などで資金調達をすることができる。
逆に衰退期にある企業で株式を保有したい考える投資家が少なければ、同様に売りが増えて適正価値まで株価が下落する。その後の見通しが明るく回復が期待できるようであれば、割安感から買いが増加し、また資金調達の道が開けてくるのである。
魅力のない企業で商いが盛り上がらず上場基準をクリアできなくなれば、退出するのが当然であろう。

株式市場とは、投資家の利益追求と企業の資金調達を同時に実現する仕組みであり、互いにリスクやハードルをクリアしているからこそ機能するのである。

企業側は上場していなければ、銀行から借入はできるが、返済義務のない株式での資金調達をしようと思うと直接相手を探し回らなくてはならず、かなりハードルが高いのである。
株式を買ってくれそうな相手が見つかったとしても、買った相手は自由に売ることができず利益を得る方法は配当くらいになってしまう。こうなると経営陣と近い人が一蓮托生で株式を保有するというケース以外では投資してくれる人を探すのは非常に困難となる。

未上場企業の株式での資金調達は少なく、株式で広く資金を集めようと思うと上場企業でないとかなり難しい。上場しているということは、資金調達面において非常に有利なのである。

また、株式市場が寄付の場であればどれだけ資金を集めることができるだろうか。東証1部の時価総額は約700兆円であるが、この100分の1でも集める場をつくることは非常に難しいだろう。
多額を寄付できるような人は非常に限られており(税制メリット抜きで純粋な寄付だとかなり少ないだろう)、且つ寄付しようとする対象は無数に存在する。
出資した人が利益を追求できる仕組みがあるからこそ、株式市場は成り立つのである。

あまり細かく言うとアダム・スミスだのマルクスだのという経済学の世界に入り組んでしまうが、神の見えざる手とは言わないまでも各人が自由に利益を追求する、自分の為に行動することが結果として効率的な経済活動をつくっていくという仕組みがハッキリと現れているからこそ、株式市場は誰にとっても平等にチャンスがある場として必要とされるのである。

その昔の東インド会社のように、航海者と資金提供者の利害がバランスするからこそ、株式会社は最高の発明品で有り続けるのである。

どうか多くの投資家が自分の為に一生懸命に考えて投資活動に励んでいただきたい。
それが投資する企業の評価を決める1票になり、経済全体の効率化につながるだから、利己、利他両面に貢献できる株式投資は意義深いのである。

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